架空国家を作ろう 第2.6世界線 - JTR事件(シーランド帝国)

概要

1973年から1980年、2004年から2011年までシーランド帝国で活動していた犯罪組織とそれによる事件。具体的な共通点は全く存在せず真相は謎に包まれていた。

歴史

事の始まりは1973年9月3日のブリストル?郊外であった。とある一家が惨殺されたのである。住んでいた家は物が散乱しており一目見ただけで強盗の仕業であるとわかるほどだった。警察は強盗殺人の線で調べ始めるが直ぐに「JTR」と被害者の血で書かれた一枚のカードを発見する。警察はダイイングメッセージではと考えるが被害者は全員胸を刺され即死していた事から犯人が残したものと判明した。しかし、それ以上の手がかりは見つからずに捜査は難航した。
そして10月29日、オックスフォード?で路地裏で女性が血まみれの状態で発見された。発見された時には既に息を引き手取っており近くの壁にも「JTR」と被害者の血とペンキ用の筆で書かれていた。警察はこれを同一人物の仕業と考えるがその矢先の11月1日にロンドン郊外で二人の子供の遺体が見つかった。ここには子供のお腹に直接「JTR」と彫られていた。そしてその五時間後に近くで20代女性の遺体が見つかった。体中をバラバラに切断されそれらで「JTR」の文字が作られていた。報道機関はこれを19世紀に実在した「JTR=ジャック・ザ・リッパー(Jack the Ripper)」と報道し「20世紀に蘇った切り裂きジャック!」と報道した。人々は恐怖しシーランド帝国による南ブリテン領有から4年程しか経ってない事からシーランド帝国の経済は大混乱した。
更に11月13日、カンタベリーにある小学校に拳銃とナイフを持った男が侵入し次々と子供たちを殺して回った。警察が到着すると校舎から銃撃を行い周辺は銃撃戦となった。しかし、警察は数を活かして接近し教室前の廊下にまで到着したが相手は幻獣を乱射していたため仕方なく四肢を撃ち抜いた。直ぐに警察が取り押さえにかかるがその前に男は口内に仕込んでいた毒を飲み自殺した。男のズボンのポケットには自身の血液で書かれた「JTR」の文字があるカードが入っていた。こうして世間を騒がせたJTR事件は犯人の自殺で幕を閉じたはずだった。
1974年8月5日。JTR事件から半年以上経過した頃リヴァプールで爆発事件が発生した。宅配物を装った爆弾で段ボールを開いた瞬間爆発したという。この爆発で住宅は半壊し庭に出ていた子供と祖母を残し両親が死んだという。更に3日後にはリヴァプール中心部の道路が爆発し一時封鎖する騒ぎになった。当初JTRとは無関係と思われていたが近くに「JTRより愛を込めて」というカードが発見されたためJTR事件に影響を受けた愉快犯の可能性が浮上した。しかし、三度目の爆発が起きることは無かった。偶々宅配物を置こうとしている男を見つけた警官が話しかけたら逃走。捕まえたら爆発犯だと判明したのである。爆弾入りの宅配物も無事に確保され三度目の爆発事件が起きることはなかった。しかし、この逮捕を機に「JTR事件」は拡大する事になった。
1975年1月から3月だけで十数人が死亡し4月には五人も犠牲となった。警察だけでは手が足りず軍の作られたばかりのシーランド帝国軍も動員される事となった。その結果逮捕者は免罪を含めて数十人に上った。しかし、被害者は出続けておりシーランド帝国に対する不満が募っていた。そんな中アイゼンバッハによるクーデターが発生しライオネス・ロバーツ・ペンドラゴンが二代目皇帝に即位した。ライオネス・ロバーツ・ペンドラゴンはJTR事件に対して酷く怒り徹底的な撲滅を目指した。結果、免罪者も含めて逮捕者は百人を超えることとなった。中には抵抗して射殺される者もおり過激になっていった。しかし、事件数は一気に激減し1979年末には事件数はほぼなくなり鎮静化した。そして第二次ブリテン戦争北部イギリス政府が滅亡するとJTR事件は完全になくなった。この事から北部イギリス政府による工作であると断定されてイギリスを悪の存在として叩きに叩いた。その結果被害者を中心にイギリスに対する憎しみが募る事となった。
これでJTR事件は発生しないと思われていた。
しかし、2005年6月9日にエディンバラでJTRの血文字と共に女性の遺体が発見された。更に15日にグランジュマスで、17日にパースで遺体が発見された。この事件を受けてシーランド帝国領スコットランドは大混乱に陥った。更にライオネス・ロバーツ・ペンドラゴンは激怒しスコットランドへの出入りを大きく制限し捜査官を増員して事件の解決にあたらせた。結局、3か月以上経過しても見つかる事はなかったが代わりに新たな被害者が出る事も無かった。しかし、10月17日タブリンで女性の死体が見つかった。海を越えた先で殺人が起きたためアイルランド島も混乱したがこの事件で犯人が特定された。結果犯人は逮捕され更に犯罪組織の存在が浮かんできた。犯人の証言によれば何もかもが謎で殺人に関する様々な支援(銃やナイフ、爆弾等)を行っているという。
その後メール等の送信を遡り犯罪組織に近づくことに成功し2011年2月4日に組織のアジトに踏み込み二十五名逮捕、八名射殺という形で幕を下ろした。2005年から2011年の間にも犠牲はおり全てを合わせると千人近い犠牲者を出す事となった。

影響

言わずもがな「JTR」の文字は国民の恐怖を煽るとして使用を禁止になり切り裂きジャックを扱う作品の一時販売やサービスの中止となり違反者には厳しい罰則が与えられた。2021年の段階でもこの行動は続いており比較的緩まったが使おうとする人は中々現れていない。
2021年9月3日にJTR事件の被害者や遺族の方々に対するお悔やみを兼ねてインペリアル・TVでドキュメンタリーが放送され視聴率は驚異の39%を記録した。