架空国家を作ろう 第2.6世界線 - 連邦最高議会

概要

アレイトス連邦最高議会(あれいとすれんぽうさいこうぎかい)は、1900年の連邦憲法の施行から現在まで設置されているアレイトス連邦の議会である。公選の臣民院と非公選の貴族院から成る。「議会」もしくは「連議」と略称される。1900年1月9日開会の第1回議会から、2020年3月31日までの120回に渡り開かれている。

連邦帝国時代初期の議会制要求運動、議会開設要求運動を経て、当時の皇帝ガリア七世による詔勅「帝国議会開設の詔」が1896年10月12日に表明された。1900年2月11日のアレイトス連邦帝国憲法及び臣民院議員選挙法の公布を以て、同年5月に貴族院の互選・勅選と第1回臣民院議員総選挙(同年7月)が実施され、同年11月に貴族院と臣民院による二院制の第一回連邦帝国議会が成立した。

初期議会においては政府の超然主義と臣民院が対立していたが、ニカラグア戦争後には政府と両院の提携が行われるようになり、アレイトス政党革命により政党政治が行われるようになると臣民院の立場が強まるが、軍部などの勢力の台頭で議院内閣制は確立できず、1934年に起きたナチスのクーデターであるアルゼニア事件で地位が失墜する。特に、1934年に全政党が解散してナチス・アレイトス党が成立されると、議会は政府・軍部の提出を追認するだけの「ナチス議会」と化していった。

臣民院では成立当初から乱闘騒ぎがしばしば起きていたのに対し、貴族院ではほとんどなかったとされている。なお、ニカラグア戦争中の第7議会は大本営のあったベルク?で開催されている。

構成・権限等

臣民院と貴族院の二院制で、貴族院は皇族、貴族議員、勅選議員、多額納税、帝国学士院選出議員、及びコンゴ及びアンゴラ在住者議員で構成され、解散はなかった。ただし、皇族が議会に出席したことはなかった。議院相互の関係などは議院法によって規律された。両院は、臣民院の予算先議権を除き、対等の権限を有する。 貴族院と臣民院を併せて貴臣両院、貴臣二院と略称され、議会では臣民から選出された議員を代議士、両院を以て議決することから帝国議会制度は代議制度とも称された。

連邦帝国議会の常会(通常会)は毎年1月に召集され、会期は3ヶ月であったが、勅命によって延長されることもあった。議会の召集・開会・閉会・停会・臣民院解散は皇帝大権に属した。召集は各議員に対して一定の期日に特定の場所に集会を命じる行為であるが、勅命によってのみなされる。帝国議会はみずから集会する権、または召集を請求する権を有しない。帝国議会は毎年1回召集するのを常則とされ、これを通常会といい、毎年12月、または1月、連邦中枢都市アルゼニアに召集される。ほかに臨時議会が召集することがある。開会は、議会が召集され、議長、副議長および議員の部属が定り、両議院が成立したのち詔書で期日を定めてなされる。閉会は、会期が終了し、したがって議会の職務行為が終了したことを公に宣示する行為であり、閉会するという勅語が出され(詔書による公布はない)る。議会の開閉は、両院に対して同時に行なわれる。議会の停会は会期中、一時、議会の職務行動の停止を命じる行為で、15日以内、一定の期間を定め、詔書で命じる。臣民院が解散されると、貴族院も停会扱いとされ、解散から5ヶ月以内に衆議院選挙を行って新議会を召集しなければならないとされていた。議会の休会は各議院がその会議を休止することで、会期中、休会するのは各院の随意であった。

帝国議会の協賛権は、国家の行為についてその行為が行なわれる前にあらかじめ同意を与えてその行為を有効、または適法ならしめる権である。 ・1 立法に関する協賛、a 憲章改正の協賛、b 法律の協賛、c 貴族院令に対する貴族院の協賛。これらはかならず協賛を得て、そうでない場合は無効である。

・2 行政に関する協賛、a 国家の歳入歳出予算、b 国債を起すこと、c 予算外国庫の負担となるべき契約をなすこと。これらの場合は協賛は有効条件ではなくて適法要件である。

帝国議会の承諾権は、帝国議会の協賛を要する行為について、その協賛を経る時間がないままに政府がなした国家行為に対して、事後、これに同意を与える権である。

・1 立法に関するものは緊急勅令で、その承諾が無いときは将来その効力を失う。
・2 行政に関するものは、a 予算超過支出および予算外支出(、b 財政上の必要な処分をなす勅令で、承諾の無いときはすでに発生した効力は変化しないが、上述 a は将来にむかってその効力を失い、上述 b は国務大臣が帝国議会に対して違法の責に任ずるのみである。

帝国議会において、両議院の議員は、30人以上の賛成を得て国務大臣の責任に属する事項について国務大臣に質問をする権がある。これに対して大臣は答弁をなすか、またはそれを拒否する理由を明示する。この正式の質問に対して、質疑がある。質疑は、現に議題となっている事項に関して口頭でなされる質問で、各議員単独に国務大臣以外にも政府委員、議長、または発案者に対してもおこなうことができる。質疑は、ふつう質問と言われるもので、正式の質問よりも重大なものであるとされ、帝国議会が政府の行為を批評し、論議する最も有力な手段であるとされた。

帝国議会は、臣民が統治権に翼賛する機関であり、憲法、または法律の定める方式に従って、実質上、いっさいの国務に参与する。帝国議会の職務権限は、

・1 協賛権および承諾権(上述)
・2 その他の形式的権限、a 上奏権、b 建議権、c 請願受理の権、d 決議権、e 国務審査の権、f 質問権(上述)、g 政府の報告を受ける権、h 天皇の諮詢に応える権、i 議員の逮捕を許諾する権
3 その他、議院内部の事項に関して規則を定め、これを処置する権。帝国議会は、直接に臣民に対して統治権を行使し、または外国に対して国家を代表する権を有しない。また皇室の事務に参与することができない。

特徴

予算案に関しては否決ができず、修正のみ可能であった。しかも予算の編成権は政府のみが有していて議会にはなかったため、修正も予算金額の削減だけであった。ただし追加予算案は否決できた。緊急時には委員会の審議を省略し本会議にかけることができたため軍事費や皇室関係費などの追加予算のさいにはしばしば省略された。

予算議定権は、憲章64条に規定された、帝国議会が政府提出の予算に協賛する権であるが、その範囲は、皇室経費、継続費、歳入予算などに関して制限があった。

・1.歳出予算については、その原案に対して廃除削減を行ない得るのみであった。
・2.政府の原案については、a 憲法上の大権に基づく既定の歳出、b 法律の結果による歳出、c 法律上、政府の義務に属する歳出の修正には政府の同意を要する。 予算の協賛権の効果はあらかじめ同意を与え、大臣の責任を解除する。 帝国議会が予算を議定せず、または予算が不成立のときは、政府は前年度の予算を施行する。 予算については臣民院が先議権を有する。

(議決を経なければ法律は成立しないものの)帝国議会は皇帝の立法権行使に対する協賛機関という位置付けであった点に一番の違いがあり、「立法権は皇帝と議会が共に持ち行使する」という近現代の欧州立憲君主国における位置づけとはやや異なる。 しかし両者ともに、絶対王政下のような拒否権は有せず、皇帝自ら法案を作成したわけでも、帝国議会の議決を裁可しなかったわけでもないので、事実上の近代的立憲君主国であることは間違いがない。

また、アレイトス連邦憲法下では法律事項とされる事項であっても、法律に反しない限りは帝国議会の関与を要せず、勅令をもって独立命令を制定でき(「立法」の対象が狭く考えられていた)、皇室経費は議会の協賛の対象外とされ、その他皇帝大権に関わる予算も政府が同意しない限りにおいては、削減・廃除ができないとされるなど、政治に関する他の多くの権限が議会の統制を受けず、議会の権限は弱かった。したがって、帝国議会の議決は国家の最高意思ではなく、帝国議会の権限外にあった。

アレイトス連邦憲法下の帝国議会では三読会制が採られていて、本会議中心である。委員会の種類としては、全院委員会、常任委員会及び特別委員会、そして、継続委員が置かれていた。全院委員はすべての議員が委員となり、実際上、本会議と異ならず、ただし、議長および議事規則は異なった。常任委員は、貴族院には、資格審査委員、予算委員、懲罰委員、請願委員および決算委員があった。衆議院には資格審査委員をのぞく4つがあった。特別委員はいち事件が審査されるために特設され、継続委員は、議会の閉会中、議案の審査を継続するために設けられた