架空国家を作ろう 第2.6世界線 - カリフォーニエン〜最期の12日間〜
はじめに


 友なるダニーへ。

 ともに喜んでほしい、聞いてくれ!ハンナちゃんにプロポーズして、ついにOKもらったぞ。しかも彼女、妊娠していたんだ。この俺がパパになるんだぜ?嘘みたいだろ?
式は戦後あげる予定だ。この戦争が終わったら、ヨーロッパでお前とも会いたいな。近衛師団はどうだ。北ドイツは涼しいか?

 南カリフォーニエンにて。
 
(本土南部に配属された兵士の、ヨーロッパ遠征師団としてブランデンブルクへ行った友人に向けて書いた手紙)


9月28日 月曜日

 「私は正直絶望している。国民にはまだ公にされていないが、欧州では同盟各国は個別撃破され、ブランデンブルク帝国は降伏したらしい。参謀本部は何をやっていたのだ。あの同盟国間ではお世辞にも連携がしっかり取れているとは言い難かった。なのに私がそれを指摘したら、私はハワイに左遷させられた。いや、左遷と言ってはハワイに残る数百万の国民に失礼だ。しかし、海軍力が足りない。潜水艦が足りない。防衛陣地はまだ完成していない。本島を守るはずの海兵隊はよそへ行っている。こんなボロボロな状態でハワイを守れだと?国民と私たち参謀を馬鹿にするのもいい加減に…

 ドアをノックする音がして、あわててノートを閉じる。何気なく机の隅に片付けると同時に、ハワイ防衛軍司令官(防衛軍とはいいつつも、書類上の軍に過ぎない)が部屋へ入ってくる。

 「いかがいたしましたか?」

 「こんな夜遅くにすまない。先ほどロサンゼルスから連絡があった。君は優秀な参謀だ。明日の朝一番で、ロスに飛んでほしい。お上方からの…」

 「わかりました。しかし、どちらからでしょう?」

 「陛下直々に、お前を呼んでいるそうだ」

 「なんと…陛下が、私を?とはいえかしこまりました。朝一番の連絡便に乗って首都へ行きます…エーレスラント空軍に落とされなければ、ですが」


9月29日 火曜日

 7時間にわたるフライトの末、なんとか本土に到着した私は着替えもそこそこに、軍の車で東へ向かうことになった。どうやらエーレスラント上陸を警戒して、政府中枢をシエラネバダ山脈地下に移転しているらしい。ロサンゼルスはまだ穏やかであったが、すでに政府の発表を待たずに国外への脱出を図る市民が非常に多く、高速の反対側はまるで進んでいなかった。いち早く降伏したアメリゴを見て、何か感じ取ったのだろうか。それにしても、我が国民はこれで二度も国を捨てて逃げなければならないのか…。欧州へ帰還できるのは、何世紀後なんだろう、などと悲観している間にシエラネバダ山脈東側、Xに到着した。ここからは車を乗り換えて、山奥の森の中を巧妙に偽装された1車線の道路を進む。疲れ切った私を待ち受けていたのは、昔子供のころ日本のアニメで見たことがある、核兵器からの攻撃にも耐えられそうな地下の大規模基地であった…

9月30日 水曜日

 時は若干前後してロサンゼルス市内。国民の間では中立国ブラジルとの間で締結されている避難民協定で話が持ちきりになっていた。戦局についてはあまり情報は伝わってこないが、いち早く降伏したアメリゴのニュースから、我が国は負けているのではないか、と多くのものが勘づき始めたのだ。そしてこの日の朝、政府は正式に、「ブラジルとの間で避難協定が結ばれており、それは今次戦争において有効である」と発表した。先の政変、また東西ドイツ分裂を経験している大勢の国民はすぐに避難を開始した。すでにハワイへの移動は禁じられていたが、これは極秘裏にハワイ市民をブラジルや南アメリカ、日本、インドネシアなどの被害を受けることが考えられにくい友好国に避難させるためであった。政府は戦局の悪化については隠しつつ、ついに避難を開始させたのであった。まず、沿岸部の市民から避難は始まった。軍に動員されていない外洋航海に耐えられる稼働可能なすべての船は漁船、タンカー、練習船、研究船、ケーブル敷設船を始めすべて接収され、その船の許容収容人数に応じて乗船が開始されていった。一人当たり持ち出せる荷物には制限が加えられ、男性・子供で5kg、女性で6.5kgまでであった。政府の見積もりによると、国内の動員可能なすべての船舶を利用しても数週間以内にはのべ3500万人程度しか輸送することができず、航空機をフル活用してもわずかに150万人分の追加分しか期待できない。そこで、政府は追加で周辺国から船舶や航空機をレンタルし、不足分を補うこととなった。すべての地下鉄、地方空港、港湾は24時間稼働し、疲労で倒れる職員も目立つようになった。戦争開始以来、軍は臨時で大規模募集キャンペーンなどは行っていたが、国民や政府の間ではこれはヨーロッパの戦争だ、という考えが強かった。仮にエーレスラント軍がヨーロッパの同盟軍を打ち破っても、カリフォーニエンは安泰さ、せいぜいハワイ近辺で小規模な戦闘が発生するくらいだろう、と。エーレスラント軍恐るるに足らず、この舐めきった態度は軍にも伝染し、国土防衛計画が大慌てで立案されても兵士のほとんどはどこ吹く風だった。「シュレスヴィヒ=ホルシュタイン戦争で我が国が北欧諸国に対して優勢であることは証明されている」こんなことを言い出すジャーナリストまで現れた。
 だが、事態はまるで違っていたのだ。国民はこの後すぐ知ることになるが、ヨーロッパでは同盟国は連戦連敗していた。家族国であるブランデンブルク帝国に貸し出した、最強部隊近衛師団はエーレスラント陸軍になんら打撃を与えることなく、ほぼ全滅していた。アイスランド強襲は結果的に失敗し、虎の子原子力空母2隻を含む機動部隊を中心とした海軍は、その力を失っていたのである。カリフォーニエンに残された力は、もはや少数の空軍と、わずか100万人に満たない(それも、ほとんどは新兵)陸軍のみ。これで数千キロにわたる長大な西海岸を防衛しなければならないのだ。はっきり言って、摘んでいた。カリフォーニエン=ドイツ滅亡の時を知らせる時計の針が、ゆっくりと、だが確実に音を響かせ始めた。それに耳を傾けるものはこの時はまだほとんどいない。それでも、後に7500万人のドイツ人は知ることになるのだ。「我々は、愚かだった」と。
 国民の大規模疎開が突如始まり、国中が大混乱に陥る中、シエラネバダに疎開した政府臨時施設では、25歳の皇帝ヴィッテンベルクの結婚式が準備されていた。

10月1日 木曜日

 フリードリヒ=ヴィッテンベルク=フォン=プロイセン皇帝、25歳。わずか25歳でカリフォーニエン=ドイツの皇帝として即位し、名実ともにカリフォーニエン・ホーエンツォレルン家(東のホーエンツォレルン家)当主となった。国際政治に理解があり、自らも4ヵ国語を操りながら各国代表と談笑する姿は国民からの尊敬を集めた。妹想いの好青年で、よく愛車に妹を乗せて、ロサンゼルス市内をドライブしている姿が目撃されたものだ。求心力があり、家臣からもよく愛されていた皇帝。それが今…
 皇帝は独身だったが、エーレスラント王妃ユトランド公エレナにゾッコンだった。ところが、事態はカリフォーニエン軍に不利であり、ついにエーレスラントから降伏勧告がくる。我が国を隷属化させようとしている、と感じた皇帝は激怒し、徹底抗戦を指示。既に非常時の大権を使って国家権力を自身に集約させていた皇帝は、部下に対して高圧的になることが増えるようになった。一方で、自分は童貞のまま死ぬのだ!などとヒステリックになることも度々であった。私が参謀総長に最終作戦計画を説明していると、参謀総長に電話がかかってきた。しばらくして受話器を置くと、参謀総長は申し訳なさそうに頭を下げ、私の元を走り去っていった。何かあったのだろうか。

10月2日 金曜日

 エーレスラントからの降伏条件がついに明らかになった。

【講和条件】
必須条項すべてと任意条項から合計25pt分を選択
必須条項
・国力30pt
・サンディエゴ郡の割譲
・ハワイ州の割譲
・純金8000トン
・現在締結しているあらゆる国際条約の凍結(再締結は講和の条件に矛盾しない限り可能)
・講和条約の履行監視のため、文民からなる視察団を受け入れ、その治外法権を認めること

任意条項([]内の数字が合計25以上になるように賠償事項を選択)
【領土関係】
・サンフランシスコ・ベイエリアの割譲[7]
・ロサンゼルス都市圏全域の割譲[15]
・サクラメントの割譲[4]
・デスバレー国立公園の割譲[2]
【軍事関係】
・核拡散防止条約への非加盟国としての加盟[10]
・核拡散防止条約への限定保有国としての加盟[3]
・敵国6ヵ国(今回同盟を組んだ国)との交際禁止[3]
【貿易関係】
・徴税権の放棄[3]
・通貨発行権の放棄[3]
・関税自主権の放棄[3]
・LC発行権の放棄[1]
・新マルク切り替え[2]
【国内法関連】
・独占禁止法に準ずる規制法規の撤廃[1]
・労働基準法に準ずる労働者保護法の撤廃[1]
・環境基本法に準ずる環境保護規制の撤廃[1]
・あらゆる社会福祉制度の撤廃[1]
【経済関係】
・時価総額として、その合計がGDP3年分に相当する企業の株式[5]
・時価総額として、その合計がGDP1年分に相当するエーレスラントが指定した業種の企業の株式[10]

 …酷すぎる。これでは、我が国を奴隷か属国のようにして支配する気ではないか‼たしかに海の戦いでは負けているが、陸と空の兵力は現在なのだ!
 エーレスラントからの過酷すぎる降伏条件が提示されると、国内世論は一気に強硬継戦派が主流になった。皇帝陛下も激怒し、かくなる上は差し違えてでもエーレスラントにダメージを与える、などと怒り狂っている。だが私は一参謀としての意見から、冷静に自軍と相手の戦力を分析できていないと考えている。今の我が国に一体どこに、エーレスラントにダメージを与える力が残っているというのだ。我が国はあの条件を握りつぶし、エーレスラントからの勧告を無視することにするらしい。だが、その先に待ち受けている我が国の未来は?
 私は参謀だ。この国を守るために力が与えられている軍人だ。一方で軍隊は縦社会であり、上からの命令には逆らえない。この国の、この軍の、最後を見守る覚悟を決めなければならない時がやってきたようだ。
 皇帝とその側近は現在、なぜか急遽決まった皇帝の結婚式の準備に大忙しだ。彼女ができないまま私は死ぬのか、と毎日泣き続ける皇帝を心配した参謀総長が、自分の姉、ブリュンヒルデ・フォン・ヴィッテルスバッハを紹介したらしい。馬鹿馬鹿しい。国民が命からがら避難している最中に、自分は国を守るために今やるべきことを見失って結婚式とは。私はこれまでに4度、陛下にお会いしたことがある。私より二十以上若いのにしっかりしておられるお方だと思っていた。だがそれは私の勘
(ページがここで破れている)
 …夜が来た。灯火管制のひかれた西側都市部はあかりが全く見えない。まるで我が国の未来を予言しているようだ。